採用する側が知りたいのは、この人が「教えられる人かどうか」です。
履歴書にTOEICの点数だけがある人より、TESOLが書かれている人のほうが、教室の景色が浮かびやすい。
初心者にどう説明するのか。話せずに止まった生徒をどう前に進めるのか。レベルに合わせてどう授業を組み立てるのか。
TESOLが強いのは、英語力そのものではなく「英語を教える力」が伝わるからです。
料理が上手な人が、料理教室の先生として上手いとは限らない。それと同じことが英語の世界でも起きています。
第二言語習得(SLA)の研究者たちは、この問題を長い時間をかけて研究してきました。どうすれば人は外国語を習得できるのか。どういう教え方が定着につながり、どういう教え方が空回りに終わるのか。TESOLはその研究の蓄積を、実際の教室で使えるかたちに落とし込んだプログラムです。
英語初心者にいきなり複雑な文法を説明しても身につかない。これは感覚的にわかる話ですが、言語学者のKrashen(1982)はこれを「インプット仮説(i+1)」として理論化しています。
学習者が習得できるのは、いまの自分のレベルより「少しだけ上」の言語インプットに触れたときだけ。難しすぎても簡単すぎても、習得は起きない。だから教師には、その「少しだけ上」を見極める目が必要になります。
教室でいうと、こういうことです。
"I go to school every day." を学んでいる初心者に、"I would have gone to school if it hadn't been for the rain." という仮定法の例文を出す先生がいる。説明したいことは正しくても、生徒の頭には何も残りません。TESOLで学ぶのは、この見極め方と、生徒のレベルに合った言語インプットの設計です。
授業中、生徒が答えられずに黙り込む場面があります。多くの先生はそこで正解を言ってしまうか、次の生徒に話を移します。でもその対応では、黙り込んだ生徒の中に何も残りません。
ヴィゴツキー(Vygotsky, 1978)が提唱した「発達の最近接領域(ZPD)」という概念があります。ひとりでは届かないけれど、適切なサポートがあれば届く領域のことです。TESOLでは、この「届く」ための介入を「スキャフォールディング(足場がけ)」として学びます。
どういうことか。
"What did you do last weekend?" と聞いて生徒が止まったとき、いきなり答えを与えるのではなく、段階的に絞っていきます。
「Did you stay home or go out?」と選択肢を与える。それでも止まれば「Did you watch TV at home?」と具体的にする。生徒が "Yes" と言えたら「OK, so you stayed home and watched TV. Can you say that?」と整えて返す。
生徒は「自分でほぼ言えた」という感覚を持ちながら、正しい文を口にします。この体験の積み重ねが、次の発話につながっていく。足場の設計、と言うと大げさに聞こえますが、やっていることはこういう地道なやり取りです。
Krashenはもうひとつ、「情意フィルター仮説」という考え方を提唱しています。不安や恐怖を感じている状態では、どれだけ良い説明を聞いても言語は定着しにくい。逆に、リラックスして安心している状態では、インプットが自然に吸収されやすくなる。
つまり「間違えたらどうしよう」という気持ちが強い教室では、授業の質に関係なく、習得が起きにくい。
生徒が "I goed to the park." と言ったとき、「それは間違いです。"went" です」と即座に直すと、次から生徒は口を開くのを躊躇します。TESOLで学ぶ「リキャスト」という手法は違うアプローチをとります。「Oh, you went to the park! That sounds fun, what did you do there?」と、会話の流れの中に正しい形を自然に埋め込む。生徒は訂正されたと感じることなく、正しい形を耳にする。
これも技術です。感覚でやっている先生もいますが、TESOLで学ぶと、なぜそうするのかの根拠が自分の中に入ります。
インプット仮説、ZPD、情意フィルター。これらはTESOLのカリキュラムで扱われる基礎です。これを学んでいるということは、「なぜ生徒がつまずくのか」「どう動けば前に進めるか」を体系的に考えられる教師だということを示します。
TOEICは英語の運用能力を示す。TESOLは教える設計ができることを示す。採用担当者にとって、この二つはまったく別の情報です。
英語の先生を目指しているなら、資格を取ることが目的にはならない。でも、TESOLが「教える力の証明」として機能することは、知っておいて損はありません。
参考文献
- Krashen, S. D. (1982). Principles and Practice in Second Language Acquisition. Pergamon Press.
- Vygotsky, L. S. (1978). Mind in Society. Harvard University Press.
- Dunn, W. E., & Lantolf, J. P. (1998). Vygotsky's Zone of Proximal Development and Krashen's i+1. Language Learning, 48(3), 411–442.
- Ellis, R. (2010). Second Language Acquisition, Teacher Education and Language Pedagogy. Language Teaching, 43(2), 182–201.