コラム
2026.04.25
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英語が話せる人が、英語を教えられるとは限らない──SLAから見る『教える側』の専門性

執筆者

オンラインTESOL協会

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この記事で学べること

最新の英語教育理論と実践的なノウハウをわかりやすく解説します。 TESOL資格取得を目指す方、英語教育に携わる方必見の内容です。

7,906億円を投じて、なぜ届かないのか

国内の語学ビジネス市場は、矢野経済研究所の推計で 2024年度7,906億円(前年度比0.2%増、2025年9月発表)に達しました。プリスクール、英会話教室、オンライン英会話、教材、留学斡旋、語学試験──あらゆる分野が一つの市場を形成し、世界的にも有数の規模です。

一方で、レアジョブ/PROGOSが2024年6月に公表したスピーキング調査では、世界77か国で受験されたPROGOS受験者のうち、日本人ビジネスパーソン・大学生の42万人のデータから算出して、CEFR B2以上(「グローバルビジネスで通用する」とされるレベル)に到達したのは7% にとどまる、と報告されています。海外受験者全体では最多レベルが B1 High で、B2以上が4分の1超だったのと対照的です。

データの取扱いについて:レアジョブ自身が注釈で明示しているとおり、PROGOS の数値は受験者ベースであり、「日本人全体の英語スピーキング力を示す数値ではありません」。それでも、企業の語学研修対象や英語学習に取り組む層ですら7%という結果は、投資規模との非対称を考えるに十分な情報量があります。

投じている額は大きい。それでも届く人はごく一部。 この非対称をどう説明するか──多くの議論は、ここから始まらずに、ここを通り過ぎていきます。


説明の仮説は、本来複数ある

伸び悩みを「学習者の努力不足」に帰すのは、もっともよく見かける説明であり、もっとも雑な説明でもあります。実際には、検討に値する仮説が少なくとも次のように複数あります。

  • 言語距離仮説──日本語と英語は構造的距離が大きい。米国国務省FSIの言語難易度分類でも、日本語は英語話者にとって最難関カテゴリに分類されており、逆方向も同程度に困難であることが示唆される
  • 動機と必要性の仮説──国内業務の多くは英語なしで完結する設計になっており、Dörnyei の言う「英語を使う未来の自己像(L2 Self)」が描きにくい
  • アウトプット量の仮説──インプット偏重の学習履歴に対して、Swain が指摘した「言語化せざるを得ない場面」が圧倒的に少ない
  • 教える側の専門性の仮説──「英語が話せる人」と「英語を習得させられる人」は別の専門性を要するにもかかわらず、市場でそれが可視化されていない

どの仮説が支配的なのか、あるいは複数が重なっているのか──これらは本来、実証的な議論を要します。本記事はそのうち、最後の「教える側の専門性」の仮説 を扱います。他の仮説を否定するためではなく、議論される機会が他に比べて少ないと考えるためです。


「話せる」ことと「教えられる」ことは、別の専門性である

第二言語習得(SLA: Second Language Acquisition)研究は、半世紀かけて、学習者が言語を獲得していく過程を解明してきました。そのうち教室での指導判断に直結する主要理論を、教師側の設計力という観点から整理すると、次の4つに集約できます。

以下の4分類は本記事による整理であり、学術界で確立した標準分類ではありません。各理論はそれぞれ独立に確立されたものです。

設計力

内容

主要な理論的背景

インプット設計

学習者の現在レベルからわずかに上の、理解可能な言語入力を提供する

Krashen の Input Hypothesis(i+1)

アウトプット設計

学習者が「言語化せざるを得ない」状況を作り出す

Swain の Output Hypothesis

フィードバック設計

誤りに対して気づきと修正を促す形で介入する

Long の Interaction Hypothesis、Lyster の Corrective Feedback 研究

動機づけ設計

学習を継続させる内的動機を支える

Dörnyei の L2 Motivational Self System

これらはいずれも、数十年の研究蓄積を持つ確立した理論です。 一方で、これらを 統合的に運用する判断力 ──「いま誤りを訂正すべきか、流すべきか」「インプットを増やすべきか、アウトプット機会を作るべきか」──は、英語が話せることそのものとは別の能力です。

しかし、日本の民間英語教育市場では、講師の採用基準において 教授資格や SLA 理解はほぼ不問 という構造があります。語学スクールの講師募集要項を見れば、ネイティブであるか、TOEICが高得点か、留学経験があるかが問われ、教授知識は問われないのが一般的です。

ここに非対称があります。学習者は「英語が話せる人」と「英語を習得させられる人」を、市場の仕組みの中で 区別する手がかりを持っていない


教師教育の効果は、何がどこまでわかっているか

教師教育プログラムが教師を変えるかどうかについて、SLA・応用言語学領域には次のような研究知見があります。誇張せず、わかっていることだけを書きます。

  • Borg(2003)は、言語教師の認知(teacher cognition)に関するレビュー論文で、教師が持つ信念・知識が指導判断にどう影響するかを体系的に整理しました
  • Faez & Valeo(2012)は TESOL プログラム修了直後の新人教師を対象にした調査で、修了者が 指導への準備度と自己効力感を肯定的に自己認知している ことを報告しました──ただしこれは自己評価データであり、外部から測定された指導効果ではありません
  • Lyster & Saito(2010)の Corrective Feedback に関するメタ分析は、指導者が訂正フィードバックを意図的に設計することが、学習者の言語的正確性に 有意な効果 を持つことを示しました

これらの知見が示すのは、おおよそ次の方向性です。

教師教育を受けた教師のほうが、SLA に基づく指導判断ができるようになり、それが学習者の習得プロセスに影響を与えうる。

注意しておきたいのは、「TESOL 取得者は無資格者の○倍の効果を出す」というような単一の決定的数値は、現時点の研究には存在しない ことです。教師教育の効果は、教師の経験年数・指導文脈・学習者条件など多変量の影響を受けるため、平均的効果量を一括りに語ることは難しい。それでも、「教える側の専門性は開発でき、指導判断に違いを生み、学習者の習得プロセスに作用する」という方向性は、現状の研究と整合的です。


一般社団法人オンラインTESOL協会が取り組んでいること

私たちは、英語教育市場の伸び悩みのすべてが「教師側の問題」だとは考えていません。動機・必要性・アウトプット量・社会構造──複数の変数が同時に作用しています。

そのうち、自分たちが直接介入できる変数として 「教える側の専門性を、市場で可視化する」 ことに取り組んでいます。

  • TESOL カリキュラムをオンライン完結で日本人講師が取得できるよう設計し、SLA に基づく指導力を体系的に学べるプログラムを提供する
  • 修了者の指導観・指導行動の変化を、可能な範囲で測定する(SLA 理解度、自己効力感、指導判断課題への反応など)
  • 修了講師から学ぶ受講者の継続率や到達レベルへの影響を、2026年度のコホートから縦断的に追跡する

効果検証は仮説段階です:現時点で「TESOL 修了講師から学べば CEFR が○段階早く上がる」と言える実測データを当協会は持ちません。仮説モデルを組み、データを取りながら検証していく段階です。他のサービス(ネイティブ講師追加、オンライン英会話、AI 英会話アプリなど)との優劣も、それぞれが対象とする学習プロセスが異なるため、エビデンスに基づく比較研究が別途必要だと考えています。

なお、世界の英語教授資格には Cambridge CELTA や Trinity CertTESOL のように国際的に確立したものから、提供団体ごとに質の幅が大きいものまで存在します。当協会の TESOL は、SLA を体系的に扱う質的水準を目指しつつ、日本人講師のキャリアパスとオンライン完結という運用形態に合わせた設計を採っています。


まとめ:「誰から、どのように学ぶか」を問い直す

7,906億円が投じられ、PROGOS の日本人受験者で CEFR B2以上が7%──この非対称を説明する仮説は複数あります。「学習者の努力不足」で片付けるのは、ほぼ確実に解像度が低い。

私たちは、「教える側の専門性が市場で可視化されていない」という、他に比べて議論される機会の少ない仮説に注目しています。 英語が話せる人が、英語を教えられるとは限らない。SLA に基づく指導判断は、別の専門性として開発・測定が可能な領域です。

英語教育の次の論点は、教材でも、学習時間でも、ネイティブとの会話量だけでもなく、「誰から、どのような考え方で学んでいるか」 に移っていく──少なくとも、その仮説を検証する価値はあると考えています。

参考文献・データ出典

  • Borg, S. (2003). Teacher cognition in language teaching: A review of research on what language teachers think, know, believe, and do. Language Teaching, 36(2), 81–109.
  • Dörnyei, Z. (2009). The L2 Motivational Self System. In Z. Dörnyei & E. Ushioda (Eds.), Motivation, language identity and the L2 self. Multilingual Matters.
  • Faez, F., & Valeo, A. (2012). TESOL teacher education: Novice teachers' perceptions of their preparedness and efficacy in the classroom. TESOL Quarterly, 46(3), 450–471.
  • Krashen, S. D. (1985). The Input Hypothesis: Issues and Implications. Longman.
  • Long, M. H. (1996). The role of the linguistic environment in second language acquisition. In W. C. Ritchie & T. K. Bhatia (Eds.), Handbook of second language acquisition. Academic Press.
  • Lyster, R., & Saito, K. (2010). Oral feedback in classroom SLA: A meta-analysis. Studies in Second Language Acquisition, 32(2), 265–302.
  • Swain, M. (1985). Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S. Gass & C. Madden (Eds.), Input in second language acquisition. Newbury House.
  • 株式会社矢野経済研究所「語学ビジネス市場に関する調査(2025年)」2025年9月30日発表(2024年度市場規模7,906億円)
  • 株式会社レアジョブ「66万人のデータから日本人の英語スピーキング力の実態を調査」2024年6月17日発表

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